大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和60年(わ)717号 判決

本籍並びに住居

京都市西京区山田車塚町一二番地の三

会社員

林康司

昭和一九年一月一八日生

右の者に対する相続税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官山田廸弘出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

右懲役刑についてはこの裁判確定の日から三年間その執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、林芳三の次男であるが、全日本同和会京都府・市連合会(以下「同和会」という。)会長鈴木元動丸、同会事務局長長谷部純夫及び辻井哲男らと共謀の上、実父の右林芳三が昭和五九年一月一六日死亡したことに基づく被告人の相続財産にかかる相続税を免れ、かつ被告人の兄林昌男の代理人として同人の相続財産にかかる相続税を免れさせようと企て、被告人の実際の相続財産の課税価額が二億二、三四七万八七〇円で、これに対する相続税額は八、三六一万一、四〇〇円であり、右林昌男の実際の相続財産の課税価額が四、九五七万七二八円で、これに対する相続税額は一、八六九万九、一〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の右林芳三が有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億六、三〇〇万円の債務を負っており、被告人においてそのうち一億九、二〇〇万円を、右林昌男においてそのうち三、一〇〇万円をそれぞれ承継したと仮装するなどした上、同年六月二二日、京都市右京区西院上花田町一〇番地の一所在所轄右京税務署において、同署長に対し、被告人の相続財産の課税価額が三、五四〇万一、二三〇円で、これに対する相続税額は四五一万九、九〇〇円であり、右林昌男の相続財産の課税価額が一、八七六万七、二一一円で、これに対する相続税額は二七四万五、七〇〇円である旨の虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により被告人の右相続にかかる正規の相続税額八、三六一万一、四〇〇円との差額七、九〇九万一、五〇〇円を免れ、かつ右林昌男をして右相続にかかる正規の相続税額一、八六九万九、一〇〇円との差額一、五九五万三、四〇〇円を免れさせたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(五通)

一  証人辻井哲男、同長谷部純夫の当公判廷における各供述

一  長谷部純夫の検察官に対する供述調書(抄本)

一  坂口透(謄本)、林昌男、林キク(謄本)、小島峻平(謄本)及び篠原孝壽の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(二通)及び証明書

一  京都市西京区長作成の戸籍謄本

一  被告人他二名作成の遺産分割協議書(二通、写)及び「相続税の申告書」と題する書面(二通、写)

一  鈴木元動丸作成の念書(写)

一  大蔵事務官作成の報告書(謄本)

(補足説明)

被告人及び弁護人は、被告人には判示相続税について自己が不正申告を行うとの認識はなかった旨主張しているが、前掲各証拠によれば、被告人は、かねて、同和団体に税の申告を依頼すると正規の税額より低い税額で申告したとしても税務当局の調査がなく脱税が発覚しないとの話を聞いていたことから、父の死亡に伴う被告人らの相続税の申告にあたり、知人から紹介された辻井哲男にこれを確めたところ、同和会に頼めば正規の税額の五五パーセントで申告を引受けてもらえるといわれたが、その後被告人は、税理士から正規の税額が被告人と母キク、兄昌男の分を合計して約一億円であることを教示され、承知していたにも拘らず、同和会が虚偽の債務承継を伴う遺産分割協議書を作成して不正な申告をすることを知ったうえで、このような申告をしても税務当局による調査がなされず、自己の脱税が発覚するおそれはないものと考えて、辻井を介して、同和会に対し、母、兄の分も含めて総額五、五〇〇万円で右相続税の申告をするように依頼し、判示のとおりの申告をしたことが認められるのであって右主張は到底採用の限りではない。

また、被告人は、同和会による申告については、同和対策特別措置法によって税額が五五パーセントになる、従って、本件のような申告をしても不正申告にはならないと思っていた旨弁解する。

この点、証人長谷部純夫の当公判廷における供述及び「昭和四三年一月三十日以降大阪国税局長と解同中央本部及び大企連との確認事項」等と題する書面(写)によれば、昭和五五年一二月ころ、全日本同和会京都府市連合会と大阪国税局及び上京税務署との間に「同連合会傘下の同和地区納税者については、同和対策控除を認めるなど実情に即した課税を行うものとし、その納税申告手続を右連合会を経由して行った場合、これに関する税務当局の調査等は右連合会を通じて行う」旨の申し合わせがなされ、以来同和会ではこれにもとづき傘下対象者の納税手続を代行し租税手続を代行し租税の軽減措置を講じてきたことが認められるが、かかる運用の是非はしばらく措くとしても、被告人らの本件相続が右にいう同和対策控除の対象となるような性質のものでないことは証拠上明らかであり、また、我が国の徴税制度の下において、なに人でも同和会を通じて申告さえすれば、正規の税額が合法的に約半分になるというような不合理なことは同和対策特別措置法によるにせよ税務当局と同和団体との協議によるにせよ常識上到底あり得ず、強いてかかる税額の半減をはかるとすれば、何らかの不正な手段でを用いるほかないことは、通常人であれば容易に理解できるところである。

従って、被告人において、同和会を通じて申告すれば正規の税額が合法的に約半分になると信じていたとの弁解は到底信用できないものであり、前記認定のように、被告人は不正な申告ではあるが、発覚するおそれはないと思って本件申告をなしたものと認められるのである。

また、弁護人は、税務署の担当職員も本件の共犯であるのに、これらの者は起訴されず、被告人のみ起訴されたのは不公平であることを理由として、被告人に対し刑事責任を求めることは不当である旨主張するところ、前記のとおり、税務当局においては同和地区住民に対し法律に基づくことなく事実上税の軽減措置を講じていたものであり、本件においても多額の債務負担を仮装した申告がなされたのにこれを安易に受理し、内容調査をしなかったことが、被告人の脱税を容易にする一因となったことは否定できないが、右軽減措置は同和団体の強い要望に基き交渉の末、同和地区住民の歴史的社会的諸事情に鑑み講じられるに至ったもので、本件に関してもそれと同類のものと誤信してこれを処理したとも思われるのであって右職員らにつき直ちに刑事責任を問いうるかは本件証拠上必ずしも明らかでなく、他方被告人については同和地区住民でないにもかかわらず、右措置を悪用して本件犯行に及んだものであり、その犯行の重大性に照らせば、被告人に対する起訴が不公平な起訴に該らないことは明らかなところである。

なお、本件では、被告人が自己の相続税に関するもののほか、実兄林昌男の相続財産にかかる相続税を免れさせるべく、その代理人としてこれについての虚偽の申告書を所轄税務署長に提出して同人の相続税を免れさせた行為について、相続税法七一条一項のいわゆる両罰規定に該当するものとして公訴を提起しているので、この点について検討してみる。

まず、右条項に「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」とあるところから、この場合の「法人若しくは人」は右の従業者に対応すべき事業主であることを要するものとし、従って、右の代理人、使用人その他の従業者は、事業主たる「法人若しくは人」に委任又は雇傭等されている者を指し、事業を営まない個人から委任又は雇傭等された者は、これに含まれないとする考え方がある。

しかし、相続税法における相続税の納付義務は、相続人が被相続人の財産を相続したことにより当然発生するものであって、その相続人がほかの事業を営んでいるかどうかとは、全く関係のないことである。従って、その相続人が他に何らかの事業を営んでいる場合に限って右の両罰規定の適用を受けるとすべき合理的根拠はないばかりでなく、納税義務者が事業を営んでいるか否かにかかわりなく、その者に代り申告行為を行った者は、その義務の履行に必要な権限を納税義務者から付与されることによって納税義務者と同様の義務主体になっていると評価しうるものであり、このような者のほ脱行為を処罰することがなければ税法の目的を達しえないことは言うまでもないところである。更に、納税義務者において、事業を営んでいるか否かにかかわりなく、右代理人等の選任、監督に過失があったときはその責を負わされることも異とするに足りないところであって、また、文理上も「人」を「事業主」に限定して解釈しなければならない必然性は見出し得ない。けだし、右条項にいう「代理人、使用人その他の従業者」の文理解釈としては、「代理人、使用人」が「従業者」の例示であり、「代理人」を「従業者」と並列的なものとみることはできないけれども、だからといって「従業者」が直ちに事業主に対応する概念であると限定解釈する必要はなく、むしろ「代理人、使用人」の例示からもうかがわれるように法人や人から委任又は雇傭等されて一定の事務を行おうとする者すべてを広く指すものとみるべきであり、また同条項には右従業者が「その法人又は人の業務」のみならず、その「財産に関して」所定の違反行為をなした場合を含めて規定していることをも考え合わせると、同条項の「法人」はともかくとして、「人」を事業主に限る必要はないからである。

そうだとすれば、被告人は判示認定のように実兄林昌男から委任を受け、その代理人として同人の相続税を免れさせるため判示行為をなしたものであるから、右林昌男が特に事業を営んでいることは認められないけれども、なお、相続税法七一条一項にいう人の代理人たる従業者として、これについても同法六八条所定の罪責を負うものと考える。

(法令の適用)

被告人の判示所為のうち、自己の相続税をほ脱した行為は刑法六〇条、相続税法六八条一項に、林昌男の相続税をほ脱した行為は、刑法六〇条、相続税法七一条一項、六八条一項にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い被告人の相続税についてのほ脱罪の刑で処断し、所定刑中懲役及び罰金の併科刑を選択し、なお、情状により相続税法六八条二項を適用し、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一、八〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、懲役刑については情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間その執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が同和会を利用して約九、五〇〇万円の相続税を逋脱したというものであるが、その逋脱額が多額で、逋脱率も高いうえ、脱税にあたっては自ら積極的に同和会関係者に相談をもちかけ、虚偽の債務の作出という脱税の手段についても認識したうえでこれを依頼するなどその犯情は悪質であり、被告人の刑事責任は重いと言わなければならないが、反面、当然のことながら本税の他相当額の重加算税、延滞税を納付し、又、本件により共犯者に手渡した金員が返還される見込みはないこと、これまで業務上過失傷害罪で罰金刑に処せられた以外には前科のないこと、現在においては反省の情を示していること等被告人に有利に斟酌すべき事情もあるので、これらをも総合考慮して、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長﨑裕次 裁判官 松丸伸一郎 裁判官 源孝治)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例